書道家・河内君平の日記
 
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2013/03/24(日)[連合個展]ごあいさつ

水曜日320日(水)から始まった第48回雪心会書作展併催[連合個展]も最終日である。その出品目録全11点については、16日〜21日のブログに分けて掲載したが、「あいさつ」文も記録しておきたい。

 

「こんなんあるけど行きまへんか」――先生からの一言が私の人生を決めた。大学3年になった時で、北京語言学院での漢語短期進修班(1980年夏二箇月)のプログラムだった。

「你的中文
步了没有?」――先生が何を言われたか聞き取れず恥かしかった。北京に居たその夏、中村伸夫先輩が中央美術学院に留学中で、先生は先輩と私を伴って和园で療養中の朱丹先生を尋ねられた。短期進修先の宿舎までお越しになり、いきなりの中国語である。その翌年から二年間、先輩の後を追って浙江美術学院(現中国美術学院)に留学したのも、この二つの言葉が契機となっている。

 

「河内同学你好!昨晚,我回到家来,收到你信,知道你精神饱满的正在准。我得十分喜悦才放心的。你离开言学院去浙江美学院以后的消息我不大详细,所以正在耽心一点的。」――1981104日夜、先生が万年筆で書かれた手紙の冒頭。北京から杭州に移動したばかりで心細かった時、B5用紙7枚にびっしり書かれた中文を何度も読み返し師の情愛の深さに涙した。

 

「それは王道やな」――先生が定年で筑波大を去られる時、自身の進路(書専攻MCから中国文学専攻DCへ)を悩んで相談したところ、王道の一言で決めた。沙孟海老師から「没有修养的人不要写字!」と書の道を歩むためには修養を積むことが第一義と教わった。研究テーマとして黄道周(15851646、号・石斎)を取り上げたことも奇しき因縁である。「字を書くことは、学問をする上での七番か八番の事柄である。けっしてこれに心を奪われてはならない。――『黄漳浦集』巻十四〈書品論〉」

 

爾来、書を書くことは、己の修養を顧みることだと考えるようになった。

「詩・書・画といった表出方法で、古人が表現しようとしたものは何であったかを追究する」――先生のこの言葉を指針として、これからも研鑽を積んでいこうと思っている。

 

どうぞご意見、ご感想をお寄せください。

【2013.03.24 Sunday 00:00】 author : kunpei
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